「前捌き」でシステム移行時の問い合わせを半減
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APAC
・基幹システム移行時の問い合わせ急増への対策 ・マニュアルいらずのシステム作り
・ガイド、分析機能 ・ヘルプページの充実
・事前に予想していた問い合わせ数の約半分に削減 ・チームのマインドセット変革
パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)は、「ドン・キホーテ」をはじめとする総合ディスカウントストア事業等を展開する小売大手だ。1978年に東京で「泥棒市場」として産声を上げて以来、成長を続けてきた。2024年には中期経営計画の目標を1年前倒しで達成している。現在、グループで国内外700店舗以上。2035年に向けた長期経営計画「Double Impact 2035」の下、売上高・営業利益の倍増、国内店舗数1,000店舗超を目指している。
急成長を支えるのが、店舗の発注業務や在庫管理を担う基幹システムだ。「当社は個店主義を掲げており、各店舗のスタッフが商圏やお客様に合わせて自ら考え、発注を行います。欠品があれば売上機会を逃してしまいます。この基幹システムは、店舗の業務において最も重要なシステムの一つです」と語るのは、情報システム部基盤運用課責任者の小林氏だ。
その基幹システムを第6世代から第7世代に移行する、大規模なプロジェクトが2025年10月にスタートした。対象となるのは、店舗スタッフを含む約5万人の従業員だ。
前回の基幹システムの移行で、サポートチームは苦い経験があった。社内システムのサポート窓口を用意しているが、第5基幹システムから第6への移行時、問い合わせが殺到したのだ。
「通常は月間400件程度だった問い合わせが、一気に2,000件前後に跳ね上がりました」と振り返るのは、情報システム部システムサポート課の飯田氏だ。
前回の対象店舗数は250店舗だったのが、今回の第7基幹システムへの移行では2倍を超える650店舗以上に拡大。前回とは違って段階的なリリース計画とはいえ、最終的には数万人規模のユーザーが新システムに移行する。問い合わせ急増は目に見えていた。「最初の週だけでも300〜400件の問い合わせが来ると見込んでいました」と飯田氏は当時の懸念を語る。
問い合わせ対策として、事前にマニュアルやeラーニングも用意した。しかし効果は期待薄だった。「忙しい店舗のスタッフは、そもそもマニュアルを見る時間がないんです」と小林氏。接客や品出しで常に現場にいる店舗スタッフに、パソコンの前でマニュアルを読む時間はない。実際、eラーニングの受講率も上がらなかった。
こうした課題を前に、小林氏が打ち出したのが「前捌き」という考え方だった。
「問い合わせが来てから対応するのではなく、問い合わせが来る前につぶしていく。これができないかと考えました」と小林氏は説明する。問い合わせはしないが、マニュアルを探しているユーザーもいる。ユーザーが困る前に、必要な情報を適切なタイミングで提供すれば、問い合わせの件数を大幅に削減できるはずだ。そこで、以前から気になっていたデジタルアダプション(DAP)ツールの導入を本格的に検討することにした。
小林氏らチームは複数のDAPを比較検討した。「最後まで迷いました」と小林氏。ガイド機能だけで比較すると悩ましかったが、最終的にPendoを選んだ。その決め手は、分析機能の強さだという。
「やりたかったのは、単にガイドを出すことではありません。ユーザーの行動を分析して、どこに問題があるのかを理解し、それに基づいてガイドを配置する。そのサイクルを回していきたかった」と小林氏。Pendoはページ単位だけでなく、ボタンのクリックなど細かい操作レベルでユーザーの行動を追跡できる。こうして2025年2月、PPIHはPendoの本格導入を決定した。
Pendo導入を進めたのは小林氏、飯田氏、それに同じくシステムサポート課の疋田氏と佐川氏の4名で、ITを専門としない経歴を持つメンバーも含むチーム体制だった。
「HTMLやCSSの知識はゼロでした」と店舗出身の佐川氏は苦笑する。「ただ、Pendoのヘルプサイトはよくまとまっているので、参考にして学びました」と当時を振り返る。苦労もあったが諦めなかった。「店舗にいた時、自分もシステムがわからなくて困った経験があります。だから、店舗のスタッフが困らないようにしたいという強い気持ちがありました」と佐川氏。
そのような思いもあり、2025年10月の第一段階リリースまでに100個以上のガイドを作成。その後も、リリーススケジュールに合わせて、追加のガイドを作り続けた。
PPIHのガイドには、他社にはない大きな特徴がある。それが、マスコットキャラクター「ドンペン」の活用だ。
「ドン・キホーテと言えばドンペン。ガイドにもドンペンを使おうと思いました」と小林氏。店舗のポップ文化を、システムのガイドにも反映させる。それがPPIHらしさであり、店舗スタッフに受け入れてもらうための工夫だった。
ドンペンが手を伸ばして「ここをクリック」と示すガイド。ドンペンがくるくる回転するアニメーション。画面上に紙吹雪が舞う演出。疋田氏と佐川氏は、Pendoのヘルプサイトを読み込み、こうした動きのあるガイドを次々と実装していった。
「静止画だと背景化してしまうので、ユーザーは見てくれないんです。動きを入れることで、目に留まるようにしました」と疋田氏。
だが、決して平坦な道のりではなかった。小林氏は、「最初のガイドの試作はとてもじゃないが、使えるものではなかった」と苦笑交じりに話す。そこで、外部のデザイン専門家のアドバイスを借りながら、デザインや色の組み合わせを改善していった。
チームが何よりも大切にしていたのが、ユーザーが使ってくれること。「こんなの使えないよ、と思われた瞬間に終わりです。過去にチャットボットで失敗した経験もあったので、ユーザーに受け入れてもらえるデザインにすることに、とことんこだわりました」と小林氏は語る。「そのために、店舗で使用しているモニターを取り寄せて、実際の画面サイズで見え方を確認しました」と飯田氏は付け加える。
PPIHにはディスカウントストア(DS)と総合スーパー(GMS)と大きく2つの業態がある。2025年10月、DS業態の4つの商品部門を対象に、第一段階のリリースが開始された。その後、段階的に対象を拡大し、2026年1月、DS業態の全商品部門が新システムでの発注業務を開始した。
では問い合わせはどうだったのか? 飯田氏によると、最初の週は約150〜200件。実に、予想の半分に抑えることができた。
「単純に比較はできないが」と飯田氏は前置きしながら、「サポート窓口はパニックにならず、落ち着いた状況で進んでいます」と成果を話す。問い合わせの質も変わったという。「ガイドを出しているところについては、問い合わせはほとんどありません。代わりに、特殊なケースの対応方法など、より高度な問い合わせが増えています」。
ユーザーからの反発もなかった。「いきなりガイドが出てきたら、邪魔だと思われるんじゃないかと心配していました。でも、クレームは一件もありませんでした」と疋田氏。ドンペンを使ったポップなデザインが、違和感なく受け入れられたようだ。実際、ガイドの利用状況を見ると、一人当たり平均2〜3回のクリックがあり、確実に活用されていることがわかった。疋田氏がこだわったGIFアニメーションを使ったガイドは、静止画と比べるとクリック数が大幅に増加した。
だがプロジェクト期間中、思わぬ壁が立ちはだかったこともある。ネットワーク監視チームから「GIFを多用するとネットワーク負荷が高まる」との指摘を受けたのだ。動きのあるガイドこそが効果的だと考えていたチームにとって悩ましい問題だったが、安全を優先。一時的にGIFを削減し、その後、徐々に増やしていくという対応を取った。
Pendo導入から約1年。チームメンバーの働き方や考え方は、大きく変わった。
「最初は決められたものを作っていくという感じだったのが、『ここにこれ必要だね』と自分たちで考えて追加していくようになりました」と疋田氏は姿勢の変化を語る。
データを見ながらの改善も日常的になった。「ログイン率を見て、年代別で10代と70代の利用率が低いとわかれば、別のアプローチを試そうなどと、自分たちで考えて動けるようになりました」と疋田氏。問い合わせから学び、それをガイドに反映させることも増えた。
佐川氏は、ガイドが店舗だけでなくサポートチーム自身にも役立つことを発見した。「操作手順を案内するウォークスルーのガイドを設置したが、実際に電話で問い合わせを受けたメンバーが、『ここのガイドを押してください』と言って案内している。店舗だけでなく、サポートメンバーにも使えることを実感しました」と喜ぶ。
そして飯田氏は、「問い合わせを受けてから対応するのではなく、問い合わせが来る前につぶす。『前捌き』という考え方が、チーム全体に浸透しました」とまとめた。
このようなチームの成長を、小林氏は誇らしげに見守る。「みんなの仕事への姿勢が大きく変わりました。今では自分たちで提案してくる。これは本当に大きな変化です」。
サポートチームがPendoで実現した成果は、社内でも高く評価されている。他の部門から、「こういうガイドを作れないか」「このシステムにもPendoを入れられないか」という相談が増えてきた。
「基幹システムのプロジェクトメンバー向けにPendoの勉強会を開きました。すると、『こんなこともできるのか』と興味を持ってもらえて、いろいろなリクエストが来るようになりました」と佐川氏。
飯田氏は、データの力を実感している。「以前は、問い合わせの数をシステム側に報告しても『そうなんだ』で終わっていました。でも今は、データを見せながら『ここに問題があります。こう改善すべきです』と提案できる。説得力が全く違います」。
今後の展望として、小林氏が掲げるのは「データドリブンな組織づくり」だ。「過去のシステム刷新では、一部の人の声で機能が開発されることもありました。でも、それでは使われない機能ができてしまう。ユーザーの行動データを分析して、本当に必要な機能を開発する。そういう文化にしたいんです」。
PPIHの個店主義にも言及する。「各店舗が商圏やお客様に合わせて考えて発注する。ある意味、非効率なんです。でも、その非効率こそが当社の強み。ITの役割は、その非効率を支えることです」(小林氏)。将来的には、店舗ごとの特性に合わせたガイドの出し分けなども構想している。
基幹システム移行プロジェクト自体も、まだ道半ばだ。2027年までに、ユニーなどGMS業態への第7基幹システム展開が予定されている。ここでもPendoの活躍に大いに期待している。「ユニーは別のシステムを使っていたので、さらなる混乱が予想されます。今回の経験を活かして、事前に彼らの使い方を分析し、適切なガイドを用意したい」と小林氏。
将来的には、データ活用を全社的に推進する組織への発展も視野に入れている。「まずは基幹システムでデータ活用のノウハウを蓄積して、それを他のシステムにも横展開していきたい」と小林氏は展望を語る。
PPIHの企業原理は「顧客最優先主義」だ。小林氏は、この精神がPendo活用の根底にあると語る。
「弊社では顧客最優先主義を掲げていますが、店舗スタッフのITにおける『困った』をなくし、お客様に向き合う時間を増やすことこそが、間接的に顧客体験の向上につながると考えています。」と小林氏。店舗スタッフが基幹システムで困れば、発注業務が滞り、最終的には店舗の商品不足につながる。「私たちがPendoで店舗スタッフをサポートすることは、間接的にお客様をサポートすること」と強調する。最終的には、サポート窓口がなくても店舗スタッフが自己解決をできる環境を目指しているという。
Pendoの成果を実感している小林氏は、「ITが苦手な人が多い日本こそ、Pendoのようなツールが必要」と考えている。「データを活用して、誰もが使いやすいシステムを作るーーこれからの日本企業に求められていることだと思います」。
飯田氏は、Pendo前に入れたチャットボットでの経験と比較しながら、Pendoの価値を次のように語る。「チャットボットでは、本当に役に立ったのかの効果が見えませんでした。これに対し、Pendoならユーザーの行動が見える。効果測定で悩んでいる企業に、ぜひおすすめしたいです」。
最後に小林氏は同じ課題を抱える企業へこうメッセージを送った。「使いやすさと分析力をバランスよく兼ね備えたPendoは素晴らしいコンセプトで、その考え方は社内で納得を得やすいツールだと思います。なので、導入障壁は低いかもしれません。ただ成果をしっかり出すためには、自分たちが何を実現したいのか、そこをブレずに持つことが大切。ぜひ検証してみて、やりたいこととブレていないか確認しながら進めるといいと思います」。